結論

本論文では、浅野いにお漫画における「感情移入」の仕組みと、浅野いにおが伝えようとするメッセージを分析してきた。卓越した描写力と、今という時代を敏感に感じ取るアンテナを持った浅野いにおの漫画は、今の時代を生きる読者にとって、どこまでも日常的で共感を生み出すものであった。それは、魅力ある人物像の形成や、緻密な背景描写というマクロな部分から、コマ割や吹き出しの使い分け、視線の誘導などミクロな部分に至るまでこだわりを持って描かれた結果である。また、数々の作品を分析する中で見えてきたものは、浅野いにおの漫画に対する探究心と挑戦心であった。魅力的な主人公を描き、多くの支持者を集め映画化までされた『ソラニン』の成功の形がありながら、突然落書きのような主人公が登場する『おやすみプンプン』を描く姿には、まさに漫画表現への飽くなき探究心と挑戦心を感じる。「自分の力で人生を生きる」という根底的なメッセージを、常に進化する表現力で伝え続けている浅野いにお。評論家の阿部嘉昭も述べているように、今後の浅野いにおは「漫画家」という枠を飛び越え、様々な世界に進出していくかもしれない。そう思わせるほど、彼の表現者としての才能は非凡である。

そろそろ筆をおきたいところだが、本論文にて実現が出来なかったことが2点ある。それが今後の課題となるだろう。まず1点目に、『ソラニン』と『おやすみプンプン』の間に発行された『虹ヶ原ホログラフ』という作品についての言及が出来なかったことがある。これは、過去と現在を交錯させながら進むパズル性が最も過激に貫かれた物語である。故に、物語の繋がりや登場人物の感情の想像が非常に困難な、ストーリー判明性の低い漫画となっている。自らの読解力不足により、他の漫画に比べ異彩を放つこの漫画について触れられなかったことは、浅野いにお漫画を網羅したことになり得ないため、非常に残念である。2点目に、『おやすみプンプン』の結末までを分析出来なかったことである。本論中でも述べたように、浅野いにおにとって、今までの話は「前フリ」であり、まさに今からの世界こそが最も描きたかったものであるはずなのだ。つまり、ここからの物語無くして、『おやすみプンプン』は完結し得ない。だからこそ、プンプンの最後を見届けた上で、分析を行いたかった。しかし、刊行の速度と本論文の提出の期限のため、それは叶わなかった。

それでも、このタイミングで浅野いにおについて論じられたことは、非常に有意義なことであると確信している。それは、今という現実を真剣に生き続けている浅野いにおだからこそ、その時その時の浅野いにおを知る必要があるからだ。それは、何年もの月日が経った後に、一気に振り返るのではなく、この一瞬一瞬を刻みながら共に歩むことにこそ意味がある。今後も、浅野いにおと共に時代を歩んでいく所存である。

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