序論

浅野いにおは感情移入を生み出す天才だ。

1980年に茨城県で生まれ、1998年に弱冠17歳でありながら『ビッグコミックスピリッツ増刊Manpuku!』にてギャグ漫画家としてデビュー。その後、玉川大学芸術学部美術学科在学中の2001年、21歳の時に『宇宙からコンニチハ』で第1回サンデーGX新人賞入賞を果たし、現在の作風に繋がるストーリー漫画家へ。緻密かつ美しい作画と、ヒリヒリするようなリアリティ溢れる心理描写で、現代社会を生きる若者や子どものささやかな希望や絶望を鮮烈に描く、次世代を担う漫画家の一人として注目を集めている。そんな浅野いにおの最大の魅力は、描き出す漫画の世界の普通さであろう。どこまでもリアルで日常的な世界は、私たち読者の感情移入を誘い、届けられるメッセージに強い影響を受ける。

どんなに楽しい物語でも、どんなに楽しいゲームでも、ゲームが終わったり物語が終わった後、まったく同じ地点に立ってる作品もあるじゃないですか。でも、浅野さんの作品がすごいのは、読み終わった後、読者は違う地点に立っている可能性を残す、そんな物語を描き続けてる(※1)

浅野いにお漫画をリアルタイムで読み続けてきたという、精神科医であり、評論家でもある名越康文が語るように、これこそが、浅野いにお漫画なのである。浅野いにおの描き出す世界は、読み手に何かヒントを与え、一歩前に歩ませることが出来るのだ。「やっぱり物語の主人公は、読んでいる読者自身であってほしいと思うんです(※2)」と作者自ら語ることからも、浅野いにおは自覚的に読者が感情移入をし、物語世界へと入り込めるような物語を生み出していることが考えられる。しかし、現在までにたくさんの作品を描いてきた浅野いにおは、一辺倒な感情移入を生み出し続けてきたわけではない。常に漫画表現の可能性を追求し、新しい仕組みを試みてきた。そんな綿密に作られた物語世界に浸った名越康文や私のような読者に、浅野いにおは強いメッセージを届け続けている。

本論文では、そんな浅野いにおの作り出した感情移入の仕組みを分析することを第一の目的とし、その上で浅野いにおは読者にどのようなメッセージを伝えているのかを考察していく。この2つが本論文における目的であり、ゴールとなる。

脚注

※1 吉田大助(2010)「浅野いにお全作品分析」『ダ・ヴィンチ』No.193:p18
※2 宮昌太朗(2007)「僕らのもがくこの世界を見つめる 浅野いにおは何をはじめるつもりなのか」
  『ダ・ヴィンチ』No.161:p232

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