第1章 / 第2節 / 第1項 人物像の明確性

1つ目は、「わたし(登場人物)がしっかりと描かれている」かどうかがあげられる。「会いたくて会いたくて」における「わたし」の像を見てみよう。

会いたくて 会いたくて 震える
君想うほど遠く感じて
もう一度二人戻れたら・・・

「幸せになってね」と
君の前じゃ大人ぶって
そんなこと心の中じゃ
絶対に思わない

歌詞全編を通して、別れた恋人を想い続け、会いたいと願い続け、それでも会うことの叶わない、失恋に苦しむ女性の心情が描かれている。さらに、細かい描写で、恋人の前では強がってしまう姿や、もう自分のものではないことは頭で理解出来ても、受け入れることが出来ない姿が描かれている。このように、「わたし」の性格や状況が非常に明確に描かれている。そのため、失恋経験のある女性にとって、「わたし」への感情移入は容易となる。一方、「Loveずっきゅん」では、「わたし」は何がなんだか分からない。かろうじて分かることは、「明日始業式があるアマゾン帰りの恋するハイティーンなわたし」や、「冒険少女なわたし」、「中央線を乗り越したわたし」、「年がら年中、貝殻を集めて由比ヶ浜を歩くわたし」がいるということのみである。これらの「わたし」が同じ「わたし」を表しているかは分からない仕組みになっており、「わたし」の状況が書かれているだけで、背景や感情等が整合性を持って描かれていない。この状態では「わたし」の明確性は失われており、「わたし」へと感情移入が出来る人はいないだろう。つまり、感情を移入する対象である人物が、その人物であるという固有性と、どのような人物であるかという明確性こそが、感情移入するために必要な要素であると言えるだろう。

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