第1章 / 第2節 / 第3項 世界の日常性

そして最後に、「物語世界(設定)の普通さ」が挙げられる。再び「会いたくて会いたくて」から考えてみる。過去に「君」に別れを告げられた現在の「わたし」は、未来でもう一度昔のように戻りたいと願っている。物語世界についての描写はほとんど描かれておらず、全編主人公のモノローグ(独白)のような形式となっている。しかし、そのモノローグからは、大好きだった「君」を想う気持ちが、リアルに読み取れる。恋をする「わたし」と「君」が明確に存在する世界。このような日常的でリアルな感情を描き出すことで、「会いたくて会いたくて」は今の若者に支持され、失恋ソングの定番となっている。一方、「Loveずっきゅん」では、「中央線」や「始業式」、「由比ヶ浜」という日常的な世界が描かれているものの、「宇宙」や「タイムマシン」、「アマゾン帰り」などの非日常的なものも同時に描かれているため、鑑賞者に自分が生きる世界とは別の世界を感じさせてしまい、物語世界と実世界をうまく結びつけることが出来ない。さらに、それらの繋がりが人物的にも、時間軸的にも明確に描かれていないため、読者はそれぞれの出来事を結びつけることも出来ない。

つまり、感情移入の起こりやすさは、その物語の中に「人物像の明確性」、「時間の連続性」、「世界の日常性」を読み取ることが可能かどうか、そして歌詞の物語世界を想像することが出来るかどうかが重要だと考えられる。「会いたくて会いたくて」では、失恋をした「わたし」が、いつまでも君を忘れられず、もう一度一緒にいたいと願うが、叶わないという一連の明確な時間の流れがあり、「過去のわたし」が「現在のわたし」に繋がり、「未来のわたし」へと進んでいくことが分かる。これにより、全て「わたし」が固有の「わたし」であることが明確となる。そのため、鑑賞者は物語世界と「わたし」の想像が容易に可能となり、感情移入が発生する。一方、「Loveずっきゅん」では、独立した「わたし」と「あいつ」の関係性が描かれており、それらの「わたし」と「あいつ」が同一人物である確証はなく、明確な時間の流れがなく、物語世界を想像することが困難である。この時間の流れと、主人公の明確性、そして生きる世界について、リアリティを感じられるかが、鑑賞者が物語世界を想像し、登場人物へと自分の感情を移し入れ、一体化すること(感情移入)が出来るかどうかを決めるといえるだろう。(※7)

脚注

※7 本章は、立教大学文学部文芸思想専修2009年度卒業論文、
   水野桂『髙野文子の漫画と感情移入について』の論理構成を参考としている。

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