第2章 / 第1節 / 第1項 「内面/外面」の成立

『ソラニン』は物語が全2巻(全28話)という短さにも関わらず、主要な登場人物は非常に魅力的であるし、数話しか出ないようなサブの登場人物たちも一人一人が輝きを放っている。それはなぜなのだろうか。おそらく、一人一人の人物像が内面/外面にわたってそれぞれが固有の特徴を持ち、それぞれに細かな設定があり、それぞれの違いが分かるように明確に描き分けられているからであろう。

吹き出しの区別がある作品世界は、内面と外面の区別が表現されうる、そして、されている世界である。だが、それはむしろ次のように言い換えた方がいい――内面と外面を区別して表現する手段のある作品世界は、その区別が意味のある世界、その区別によって、その区別をもたない世界とは別の物語が語られている世界なのだ(※10)

浅野いにお漫画における、登場人物への感情移入のポイントはこの「内面/外面」の区別がしっかりと表現されていることにある。『ソラニン』の冒頭のページを参照してみよう(資料3 図1参照)。赤・黄・青・オレンジの破線で丸く囲まれたところにあるものが、「吹き出し」である。吹き出しは、「英語では「言葉を入れるバルーン(スピーチバルーン)」と言われる通り、中に言葉が入り、その形を変えることによって感情を表す(※11)」ことが出来るものである。この吹き出しの書き分けがあることにより、内面/外面の書き分けが可能となってくる。

▼ 資料3 図1. 吹き出し

赤の破線で囲われた丸い吹き出しでは、登場人物が発している言葉が描かれている。これは、外部に発せられているため、周りの人物が聞くことが出来る言葉となっている。ここからは、登場人物の口癖や、性格、会話相手との間柄が読み取れる。このシーンにおける芽衣子と種田の掛け合いでは、長年付き合っているもの同士の雰囲気を感じとることが可能である。

次に登場する黄の破線に囲まれた、黒背景に白文字のコマは、人物の内面を映し出したものであり、モノローグ(独白)と呼ばれている。これは登場人物の一人語りであり、外部には聞こえないものである。また、直後の青の破線で囲まれた四角い吹き出し、オレンジの破線で囲まれた丸くふにゃふにゃした吹き出しもモノローグである。この3つのモノローグの形式に明確な違いはないが、オレンジ<青<黄と、黄に近づくほど、より深い内面が語られていることが分かる。具体的には、黄は芽衣子(独白者)自身の内面の告白の役割を担い、青は芽衣子の現在置かれている状況に対する告白、オレンジは今現在に心の中で思っていることの告白になっている。ここからは、芽衣子が普段から心の中に持っている、社会や大人への不平不満、そしてそれを溜め込んでもやもやしていることを知ることが出来る。

また、ピンクの破線で四角く囲まれたところにあるものは、「オノマトペ」といい、吹き出しと密接な関係にあるものである。オノマトペはビックリしたときの「ギョッ!」や、戸を開けるときの「ガラリ」などの擬音・擬態表現であり、書き文字で絵の周囲に置かれることが多いものである。今回の「ゴゴゴゴ」や「ガタンガタン」は電車が走っているという時間的要素をコマ内に作るための要素であり、人物像を描き出すために使われているものではないので、ここでは省略する。このオノマトペは人物像に対するイメージを付与する役割で用いられることもあるので注意が必要である。

このように、浅野いにおは「吹き出し」を巧みに使い、登場人物の「内面/外面」を明確に描き分けている。これはいわば、登場人物の「性格」に当たる部分を読者に伝えるものである。「内面/外面」の区別を獲得したことで、読者は登場人物の発言だけでなく、考えていることも知ることが可能となるため、登場人物の感情を想像することが容易になる。

脚注

※10 ヨコタ村上孝之(2006)『マンガは欲望する』筑摩書房 p39
※11 竹宮惠子(2010)『マンガの脚本概論』角川学芸出版 p52

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