第2章 / 第1節 / 第2項 作画における描き分け

浅野いにおは登場人物の「ビジュアル」においても、独自のセンスで描きあげている。今回は、主人公の一人である芽衣子のビジュアルを取り上げる(下記資料3 図2参照)。芽衣子は五体満足、中肉中背のどこにでもいる普通の女の子である。顔にはそばかすがあり、上下のまつげをぱっちりとさせた出で立ちである。浅野いにおの作画のスタイルとして、口は大きめに描かれ、愛くるしさを漂わせる。表情も非常に豊かであり、笑顔や涙する姿だけでも何パターンも描き分けられている。そんな全2巻のほぼ全ての回に登場する芽衣子は、ほとんど同じ服は着ずに、毎回違うコーディネイト(青文字系スタイル(※12)を披露している。若者の間で連載当時流行していた、3段ティアードスカートや、スカートにレギンスを合わせるスタイル、大き目のマフラーを巻く姿なども描かれている。また、仲間で花火を見に行く際には、一人浴衣を着用していた。家では長ズボンや半ズボンのジャージに無地Tシャツなどのラフな格好や、前髪を上に結ぶ姿など、日常生活におけるオフのシーンを垣間見ることも出来る。さらに、髪型も通常のセンター分けだけでなく、前髪をピンで留めたスタイルや、後ろの髪を上に持ち上げたお団子スタイルなど、いくつかのパターンがあり、物語を通して髪の長さが伸びるなど、時間の経過も感じさせる。その他、くつやカバン、アクセサリーにも複数の種類がある。それら芽衣子のビジュアルを飾る要素を表にまとめた(下記資料3 表1参照)。1つの漫画の一人の登場人物に対してここまでの描き分けをすることによって、芽衣子の身だしなみへの心配りや流行への敏感さが描かれている。また、大過去-過去-現在と時の流れに沿って、髪型に変化が見えるが、そばかすや、服の系統によって、その人物が芽衣子だと認識するのは容易であり(下記資料3 図3参照)、芽衣子の固有性はしっかりと保たれている。

▼ 資料3 図2. 主人公・芽衣子の作画

▼ 資料3 表1. 芽衣子の着用服一覧

▼ 資料3 図3. 時系列順
  左上:大学1年時の芽衣子(大過去)
  右上:大学1年時の芽衣子(過去)
  左下:OL生活2年目の芽衣子(現在①)
  右下:ライブ後半年の芽衣子(現在②)

芽衣子のビジュアルにおいて、これら「服装」「髪型」「表情」の3点は、芽衣子が芽衣子であることを認識する上で、必要な要素であると考えられる。物語中に表れるたくさんの芽衣子が、同じ一人の芽衣子であるということが証明されることが、感情移入への第一歩である。これが認められなかった場合、感情移入は困難になる。

しかし、ここまでに考察してきた「性格」「ビジュアル」を兼ね備えただけでは、まだ感情移入を生み出すには弱い。さらに「キャラクターを立てる」必要がある。

キャラクターが活躍し作品の中で生き生きと動くことを私は「キャラクターを立てる」と言っています。「キャラクターを立てる」ということは、とても困難な作業なのです。限られた頁数の中で、キャラクターの生活感、生き方、話し方、人生観などを、的確に表現していかなければならないからです(※13)

漫画界の父とも言われる漫画原作者の小池一夫にとって、「キャラクターを立てる」とは、魅力的な登場人物を描き出し、読者にリアリティを感じさせることに等しい。そして、魅力的な登場人物を描くために必要な要素として、「生活感、生き方、話し方、人生観」があげられている。それはつまり、読者である私たちと同様に、物語の中の登場人物も物語世界の中に確かに存在し、生活していることを想像させることを求められる。しかし、小池も語るように、これはとても困難な作業なのだが、浅野いにおは見事に登場人物たちに生活感を持たせている。

友達とのどうでもいい会話とか、だらだら遊んでいる感じを大切にして、(中略)ギャグのテイストも意図的に入れたりして、(中略)例えばネームを読ませた友達に「このセリフ何がいい?」と聞いて埋めていったり(※14)

普通の漫画には無く、浅野いにお漫画にあるものこそが「生活感」であり、「普通さ」である。それを浅野いにお自身も意識し描いていっている。生活感を感じる描写は、物語の中で非常に多く描かれている。例えば、内面/外面の描き分け、満員電車で口を開けながら寝ているOL、寝ている恋人の顔にマジックペンで落書きする女、同棲している男女によるセックス、その後朝起きてTシャツだけを着て前髪を上に束ねる仕草、炊事・洗濯、お酒の飲みすぎによる嘔吐、公共料金を払う男、用を足す男、風邪を引いて寝込む女(頭には冷えピタ)、など数えたらきりが無いほど日常が描かれている。また、浅野いにおは元々バンド活動をしており、物語のキーに据えられている「ソラニン」も、浅野いにおが作詞をしたかつてのバンドのレパートリー曲だったという。

銀杏BOYZとかを意識して、ライブもかなり頻繁にやって。その時の自分の音楽に対する求めるものが、そのまま『ソラニン』に入ってる(※15)

と浅野いにお本人が語るように、作品の中にバンドへのこだわりが見える。それは、芽衣子が持つギターがフェンダー社のムスタングであることや、加藤のフェンダー社のプレシジョンベース、ドラム、アンプ、エフェクター、シールドがしっかりと実際にあるものを元に描かれていることからも分かる。作品世界の細かいところまでリアルを追求しているからこそ、浅野いにおの漫画からは、「普通さ」が漂ってくる。

脚注

※12 女性受けをするガーリーでカジュアルなファッションのことを指す。
    また、雑誌「SEDA」「Zipper」「CUTiE」等のことを青文字系雑誌と呼ぶ。
※13 小池一夫(1985)『小池一夫の誌上劇画村塾』スタジオ・シップ p23
※14 吉田大助(2006)「徹底特集 浅野いにお」『Quick Japan』vol.69:p118
※15 吉田大助(2010)「永遠の浅野いにお」『ダ・ヴィンチ』No.193:p25

to top