第2章 / 第1節 / 第3項 コマ割の緻密さ

「性格」と「ビジュアル」の揃った登場人物は、このままでは生きてこない。それを生かすも殺すも、全ては「コマ割」次第である。コマ割とは、

簡単にいえば、誌面をどのように分割しているかということと、複数のコマの「連続」である。前者はそれぞれのコマの内部に何が描かれているかは問題にせず、後者は、コマ内に描かれているものによって「連続」の意味が変わってくる(※16)

この2つの側面を持った「コマ割」の良し悪しにより、表現媒体としての漫画の影響力は大きく変わってくる。そんな「コマ割」のクオリティを決めるものこそが、「ネーム」である。ネームとは、誌面を分割するコマの配置を示す枠線と、人物の簡単なアウトラインと配置、吹き出しとその中に書かれるセリフ、そして擬音・擬態などを表現する描き文字によって構成された絵コンテのことを指す。実際の作画作業に入るまえ、主に編集者との打ち合わせに用いられるもので、ほとんどすべての漫画家が作成するものである。漫画家によって、ネームをどこまで細かく描くかはまちまち。ネームは、漫画制作上の中間生成物であるため、たいがいは紙に鉛筆描きで作成され、多くの場合、作品の仕上がりとともに破棄される。つまり「ネーム」とは、漫画という表現媒体において、純粋なる作品性、作家性を見出せるもっとも重要な部分であると考えられる。では、浅野いにおの場合はどうだろうか。

内容の良し悪しを決める、ネームを生み出すまでの時間がすごく大事なんです。僕はコマ割りなどは全部頭の中でつくっていて、永遠に考え続けて、ギリギリの段階でやっと描き始める。頭の中で整理がつかないうちは描かないし、描いて初めて解決する(※17)

と語るように、コマ割から登場人物の表情、吹き出しの位置までを強いこだわりを持って、ネームの段階で緻密に描き込む。ほとんど掲載されるページと同じクオリティで生み出したネーム(資料3 図4参照)には、編集者の介入はほとんどない。浅野いにおは自らでこだわり抜いたコマ構成・コマ展開を創りあげ、そして漫画として世に送り出していく力を持っている。

▼ 資料3 図4. ネームと、掲載原稿

コマ割について分析する上で、漫画を読むことについて改めて考えてみる。「漫画を読む」ということは、ページに配列された意味のあるものを追いかけていくということである。まず、字の書いてあるところ、つまりは吹き出しと擬音・擬態を表す描き文字を追う。漫画を読む上でもっとも意味の大きなものは、登場人物の表情である。例えば、同じ「ごめんなさい」というセリフでも、その表情が本当に申し訳ないことをしたという悲しみと後悔に溢れた表情であれば、反省・謝罪を込めた表情となるが、どこか冷ややかな目線を送って発していたならば、それは侮蔑の感情がこもっていると捉えられる。だからこそ、優れた作画力を備えた漫画家の漫画であれば、文字がなくても表情だけで読み進めることが出来ると言えるだろう。ここではそれを、『ソラニン』を題材に見ていく(下記資料3 図5参照)。このシーンは、主人公の一人、種田と同じサークルの他バンドのメンバー(仮にバンドマンAとしておく)との掛け合いである。冒頭1コマ目までと、2コマ目以降は、時間が連続していない別のシーンとなっているため、他のコマでは均一に配置されている「間白(※18)」(資料3 図4内、青破線の四角)が他よりも大きく取られている。パッと見ると区別の付かないような差だが、一定の速度で漫画を読み進めて来た読者にとって、この微妙で絶妙な差は違和感を生み出し、時間の経過を瞬時に感じさせることが出来る。

▼ 資料3 図5. コマ割(赤線は、読み進める読者の視線の動き)

それ以降、2コマ目から最後のコマまでは、一連の時間の流れを持つ種田とバンドマンAによる掛け合いとなっている。ここで注目すべきは読者の視線の流れだ。それを赤矢印で記した。その流れを目で追ってみる。すると、吹き出しと吹き出しを結ぶ線上に、そのシーンにおける重要人物の顔が描かれていることに気がつくだろう。さらに、細かく見ていくと、右ページ4コマ目の種田と、5コマ目のバンドマンAは目線が合った状態で会話を交わしていることが読み取れる。それは、4コマ目で種田が手前に背中だけ映っているバンドマンAに声をかけた直後に、バンドマンAの顔が映っていることからも、読者の視線の流れが、両者の目を通過していることからも分かる。この視線の誘導により、読者は自然とこの両者と目線を共有することを求められている。

さらにそれは、左ページ下段でより強固なものになる。右のコマで、読者の視線は二人のバンドマンの顔ではなく、胸部を通っていき、左のコマでは、種田の顔を捉えている。これはつまり、右のコマでは言い争い、仲間に止められた種田の視線を描き、左のコマでは、バンドマンAによって子どもだと軽視された種田の表情が映し出される。右コマで目線を逸らしたことを、左コマでさらに描写をすることで、読者と種田の視線を一致させることに成功し、それにより、種田の「ふて腐れる」という感情と読者の感情をシンクロさせることに成功している。

この2ページにおいて、バンドマンAは常に種田を軽蔑したような表情を一貫しており、種田はそのことへの怒りを感じふてくされている。文字が無くとも表情だけでも感情は伝わってくるが、視線の誘導とセリフによって、それはさらに強化されている。このように、浅野いにおは作品の全てのページにおいて、巧みに数ある要素を配置し、読者の視線を誘導することで、作者の意図通りに漫画を読ませていく。

このように、1つのページを手にとって子細に観察してみると、1つのページの中にも、複数の異なった要素が同居していることが容易に分かるだろう。「セリフ」「吹き出し」「人物の表情」「目線」「漫符(※19)」「擬音・擬態」「コマ割」「間白」など、列挙していけばかなり膨大な数にのぼるような要素が、漫画を支えており、およそ無意味な描写などはありえない。全ての要素がなんらかの意味伝達に寄与している。そしてこれらの要素は、単一の意味を伝達すべく、ユニゾン的に作用していく。このユニゾンが正確に、かつリズミックになされるほど、読む速度は早くなり、それと同時に、意味の伝達はいっそう進む。また、これらの要素は独立して意味を伝達することは出来ず、それぞれの要素が相互に補完しあいユニゾン的な効果を生み出すことで、効果的な意味の伝達が可能になる。だからこそ、漫画を作る上で構成力が求められる。

「構成」とは、登場人物はどんな性格でこんなセリフを言い、結末はこうなるという物語に必要な要素を揃えることです。そして、すべての材料が出揃い、決められたページ数が与えられた時、AとBという人物にこんな会話をさせるには、どこにどのセリフを配置すれば一番読みやすいかなど、物語を具体的に形成するのが「構築」です(※20)

物語を緻密に構成/構築していくことで、読んだ人に意味を伝達していくことが出来る。浅野いにおは『ソラニン』の製作過程について、「何話目に何が起こって全2巻で完結という展開は最初に全部きっちり決めてました(※21)」と語るように、しっかりと全体を考え、構成をしていっていることが分かる。また、浅野いにおのページ単位、説話単位、作品単位での構成力の非凡さは、評論家であり、立教大学文学部特任教授でもある阿部嘉昭も、「やがては面倒な作画作業を厭い、小説家に転進してゆくのではないか。そうおもわせるのは、まさにこの彼の「構成力」のせいだ(※22)」と、絶賛している。このように、『ソラニン』において、魅力的な登場人物作成と、緻密な構成力により、浅野いにおは読者に物語世界を想像させ、感情移入を生み出す強い仕組みを作りだしている。

脚注

※16 伊藤剛(2005)『テヅカ・イズ・デット-ひらかれたマンガ表現論へ』NTT出版 p150
※17 西野入智紗(2010)「真似のできない仕事術2 -浅野いにお」『BRUTUS』vol.684:p33
※18 「間白」は単なるコマとコマの間の隙間ではなく、多義的な機能を有している。
   端的にいえば、コマとコマの間を時間的に連続させているのが「間白」である。
※19 感情や感覚を視覚化した、記号的な表現。慌てている人から水滴(汗)が飛び散っていたり、
   怒っている人から湯気が出ていたり、などの感情表現がこれにあたる。
※20 竹宮惠子(2010)『マンガの脚本概論』角川学芸出版 p110
※21 吉田大助(2006)「徹底特集 浅野いにお」『Quick Japan』vol.69:p119
※22 阿部嘉昭(2008)『マンガは動く』泉書房 p221

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