第2章 / 第2節 / 第2項 超現実的な世界

プンプンが抽象化され、感情移入が難しくなった一方、物語世界は緻密に超現実的に描かれている。それは、物語世界の舞台設定から始まり、背景・人物の作画、作品世界に流れる時間にも適用されている。

作品には明確な舞台設定があるんです。例えば『ソラニン』は川沿いの町、『プンプン』は町田あたりです。まずはイメージに合う町をロケハンして写真を撮る。物語の背景がぼんやりしていると内容もぼやけてしまうし、最近は変な癖で、写真がないとネームが描けなくなってるんですよね(笑)(※27)

前節にて取り上げた『ソラニン』をはじめ、本節で取り上げている『おやすみプンプン』にも、明確な舞台設定がある。『ソラニン』は、東京にある一級河川・多摩川を舞台としており、映画化される際も利用された。『おやすみプンプン』では、東京都の「町田」が舞台とされている。町田は元々、浅野いにおが通っていた大学の隣の駅であり、頻繁に通う街だったそうだ。このように、実際にある町を舞台にし、物語世界を作りあげていく浅野いにお漫画には圧倒的な説得力がある。それは、舞台設定だけでなく、実際の作画に対するこだわりからも生まれている。

マンガには背景がないことも多いですよね。僕はこのシーンはこういう場所にいるというのを、ハッキリさせたいんですね。キャラクターの立ち位置とかそういうのが曖昧なまま書いていくのがすごい嫌いで。それで引きの絵が増えてくるし、背景の中にキャラクターが馴染んでいるほうが、読んでいる方もその舞台の中にいるっていう感じになるのかなって(※28)

想像で背景を描くと、キャラクターの立ち位置や光の方向に変な矛盾が出てきちゃうんです。舞台や背景なんてごまかしながら描いても読めるのが漫画だとも思います。でも、その部分のリアル感はどうしても譲れない。人を描く作業よりも背景にとらわれている時間の方が長いかもしれません(※29)

浅野いにお漫画では、背景を作画するのに「写真」が用いられる。舞台となる現場の写真を撮り、それをスキャンし、白黒加工してからその上に手作業でアウトラインを描いていく。撮り溜めてきた背景写真のストックは何千枚にもなるという。そんな、浅野いにおの描き出す世界には、光があり、影があり、遠近感があり、温度があり、風があり、視点があり、リアリティがある。浅野いにおは映画理論における「見た眼のショット(※30)」を使用することにより、登場人物の目(視点)と、カメラと、読者の目(視点)を一致させ、同一化させている。つまり、読者はそのとき登場人物と自分を重ね合わせることとなり、読者は見る主体として物語世界に入り込むことになる。具体的に2つのページについて分析していく(資料4 図3参照)。

▼ 資料4 図3. 背景と登場人物の描かれ方



前者のページは、プンプンと先輩が公園でやり取りをしているシーンである。見開きページいっぱいに描かれるこの二人のやりとりには、漫画ではほとんど使われることのない、非常に映画的な表現方法が使われている。それは、奥にいる被写体へと焦点を合わせることで、手前の被写体をぼかし、遠近感を明確に打ち出すという表現方法。これにより、平面である漫画のページに、奥行きを生み出している。また、背景は写真を元にしたものであり、空や木々などが本物をそのまま持って来たかのように描かれている。プンプン以外を見ると、まるで写真かと見間違うほどである。さらに、二人の後ろから日が射しており、風も吹いている。先輩の髪の毛先や、マフラーと服のなびく方向、宙を舞う枯葉、枯れた木々。緻密に作りこまれた描写力で読者に物語世界の温度を、存在感を、これでもかと伝えている。

後者のページは、入院しているプンプンママのお見舞いにプンプンと翠(プンプンの叔父の婚約相手)が訪れたシーンである。ここでは、光源が固定され、光と影が丁寧に描かれている。1コマ目により、光源の位置が窓の外から射すものだと読者に認識される。病室は奥行きを持って描かれ、プンプン、翠、プンプンママの位置関係が明確に描かれている。窓から射す光が映し出す壁に出来たプンプンの影、プンプンママの顔にかかる影、光源から見て右側に位置する翠には顔の影が左の肩に、光源から見て左側に位置するプンプンには、プンプンママの手の影が顔を隠す。明確な位置関係と、それを支える光と影。これらの存在により、平面的な物語世界が、私たちの住む立体的な世界へと読者の中で無意識のうちに変換されていく。また、左ページはまさに「見た眼のショット」を使用しており、プンプンの視点(プンプンがプンプンママを見ている)と、プンプンママの視点(プンプンママがプンプンの顔に手をかけ、見ている)が交互に描かれる。これにより読者の視点は、プンプンとプンプンママの視点と一致し、同一化が達成される。つまり、読者は物語世界の登場人物の視点を得ることになり、物語世界に対して主観的視点を獲得することとなる。

浅野いにおは、物語世界に対して深いこだわりを持っている。それは舞台設定に始まり、写真を使って描かれるリアルな背景、光源を明確にした陰影の存在、登場人物の視点への同化手法、とあげたらきりがない。そんなこだわりを追求していった結果として、浅野いにおは超現実的な世界を漫画の中に確立することに成功した。それは、私たちが住む現実世界と見間違うほどのリアリティを伴い、読者が物語世界を創造し没入することを可能にしている。

脚注

※27 西野入智紗(2010)「真似のできない仕事術2 -浅野いにお」『BRUTUS』vol.684:p34
※28 道田陽一(2009)「扱っているのは身のまわりの小っちゃいこと」『創』5月号:p72
※29 西野入智紗(2010)「真似のできない仕事術2 -浅野いにお」『BRUTUS』vol.684:p34
※30 画面中の人物がどこか一点を見つめるような表情をする。と、つぎのショットで、その人物が見たものを移す。
   原則として、そのときのカメラの位置は、その人物の眼の位置におかれる。
   これが、『見た眼』と呼ばれる撮り方である。
   (引用元:佐藤忠男(1974)『映画の読みかた-映像設計のナゾとセオリーの解明』じゃこめてい出版 p160)

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