第2章 / 第3節 / 第2項 売れセンじゃない漫画家『ひかりのまち』

『ひかりのまち』は2004年-2005年『月刊サンデーGX』にて連載された連作短編形式の作品である。東京郊外の新興住宅地、通称「ひかりのまち」を舞台に、様々な「子ども」たちの生き様が語られる。登場するのは、「売れセンじゃない」漫画を描く漫画家、ネットと携帯電話を駆使して自殺の「見届け屋」を営む少年、幼子を抱え「家族ごっこ」を続ける男たち。

ここにも、「漫画家」が登場する。プレッシャーと戦う駆け出しの漫画家の名前は野津(下記資料6 図1参照)。35年のローンを完済したときに60歳という描写があるので、おそらくは25歳であろう。そんな短髪にヒゲ面の野津は、自分の描く漫画のつまらなさに悩んでいた。そして、締め切りが迫っているにも関わらず、学生時代の友人たち(全員フリーター)とついつい夜遊びしてしまう。ある日、野津は、恋人のさよちゃんと一緒に「ひかりのまち」と呼ばれる新興住宅地へ取材に訪れ、自殺現場に鉢合わせたところから物語が始まる。

▼ 資6 図1. 野津・さよちゃんのビジュアル

この作品には、現実の浅野いにおとリンクする要素が非常に多い。例えば、野津の年齢設定が25歳となっているのに対し、連載当時の浅野いにおも25歳なこと。恋人と一緒に取材のために、いかにも高級そうなマンションに囲まれた住宅街を訪れたこと(下記資料6 引用1参照)。売れセンじゃない漫画を描いており、その漫画が「暗い」と称されていること。取材時にデジカメを携行し、背景用に写真を撮っていること。また、作中の挿話にある、モラトリアム大学生たちも、その仲間たちとの夜のバカ騒ぎも、浅野いにおの周りの仲間たちのリアルな姿を描いたのだという。浅野いにお自身の日常を切り取った作品である故に、野津の人物像にも、それを取り囲む仲間たちにも生活感やリアリティが生まれてくる。さらに、『ひかりのまち』は、横浜の能美台、入院した病院(※32)のあった京王多摩センターという明確な舞台設定もあり、そのことがさらに日常性を生み出しているといえる。

▼ 資料6 引用1. あとがき

この漫画のタイトルを決めたあと、
はじめて取材のために電車に乗った。
本当は彼女と遊ぶ予定だったのだけど、
無理矢理 彼女も連れていった。

いかにも高級そうなマンションに
囲まれたその住宅街は、
日曜の昼のくせになぜか人がいなくって、
ヘンに静かだった。
(近くのデパートは家族連れで溢れてた)

あー、なんか遠い世界だ。
自分とこの街がイメージで結びつかない。
昔の自分も今の自分を
イメージできてなかったけど。

それがもう1年前。
今にして思えばいろいろ辛い時期だったかも。
救急車に乗ったし。入院したし。
僕の体にはいまだに手術跡が残ってる。
普段は忘れてるけど。

あの頃、プラプラしてた友達は、
もうちゃんと働いていたり、
まだプラプラしてたりで、
僕は今日も漫画を描いている。

だからなんだってワケじゃないんだけど、
最近、日が経つのが早いな。
もし僕にまだ時間が残されてるなら、
明日も漫画を描こう。

それだけなんです。

ここで、前節にて考察した『素晴らしい世界』に描かれる漫画家を再び呼び戻す。この漫画家と野津の容姿は似せて描かれている。また、野津の恋人であるさよちゃんと、分かれた元妻の顔立ちや髪型も非常に似ている。この2つの漫画家は、「売れない」漫画家という共通点を持ち、『ひかりのまち』を描いている段階でも、浅野いにおは自分の漫画に対して自信を持てていないことが分かる。しかしそれでも、漫画を描き続けていくという意思が、しっかりとあとがきにも作中にも打ち出されている。それは、「明日も漫画を描こう。それだけなんです」「どうにか今までやってこれたよ。これからもどうにかやっていこう」と、軽い印象を受ける表現で描かれているが、その背景には、「死ぬまで描く」という強い意志が込められている。これらのことから、『素晴らしい世界』を読んだ読者にとって、ここで登場する野津は、『素晴らしい世界』の漫画家の過去の姿であり、浅野いにおの分身であると捉えることが出来る。だからこそ、『素晴らしい世界』を読んだ読者は、「売れない漫画家」の姿を重ね合わせ、過去を知ることで、登場人物の空白の時間の想像をする。その余白が生み出すのは、より強い感情移入であり、浅野いにおへの回帰である。また、『素晴らしい世界』とは違い、『ひかりのまち』の漫画家は浅野いにおと同い年であることは、今のありのままの自分を投影することに対しての抵抗が浅野いにおから無くなったことが考えられる。より、自分の思いを描いていこうということが読み取れる作品となった。

脚注

※32 浅野いにおは、『ひかりのまち』を描き始める直前に肺気胸で入院している。
   病名は伏せられているが、入院という事実はあとがきにも記載されている。

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