第2章 / 第3節 / 第3項 一部の若者から熱狂的に支持される漫画家『世界の終わりと夜明け前』

『世界の終わりと夜明け前』は、2008年に発刊された、デビュー連作の短編「素晴らしい世界」、構想6年の渾身作「東京」を含む、心ざわめかす単行本未収録作品10編強を掲載した、浅野いにお初の短編集である。今回取り上げるのは、2008年に『ビッグコミックスピリッツ』第40号にて掲載された「東京」。この作品では浅野いにお自身とのリンクがより一層具体的になってきている。

物語は、『週刊ヤングマンデー』に漫画を連載している晴(はる)を主人公に、東京でのインタビューシーンと、小学校時代の同窓会シーンの2つの時間軸から展開されていく。晴のビジュアル(下記資料7 図1参照)は、長い髪にひょろっとした体格、大きめの黒縁メガネ、整えられたアゴヒゲと、まさに浅野いにおそのものである。年齢も小学校卒業以来15年ぶりということから、28歳と想定される。掲載された2008年当時の浅野いにおも28歳であることから、年齢設定もリンクさせている。連載している雑誌が『週刊ヤングマンデー』(浅野いにおが『ソラニン』を連載していたのが『週刊ヤングサンデー』)であることや、その会社が神保町(『週刊ヤングサンデー』の発行元である小学館は神保町に社屋を構える)にあることからも、限りなく浅野いにおをそのまま投影した分身であることが考えられる。また、晴の使っている携帯電話がauのINFOBAR 2(NISHIKIGOI)(※33)であることは明らかで、仮に浅野いにおも当時使っていたならば、さらに説得力が増すだろう。実際に使用している携帯は調べることが出来なかったが、『ソラニン』の種田が事故死する直前に購入した携帯がINFOBAR 2の前のモデルであるINFOBARであることからも、浅野いにおはINFOBARシリーズのデザインを気に入っており、使用している可能性が極めて高いことは推測できるだろう。

▼ 資7 図1. 晴のビジュアル

恐らく小学校時代の同窓会シーンは浅野いにおの作りだした物語だと考えられるが、東京での編集者とのインタビューシーンは、浅野いにおが当時、自分に対する評価を客観的に受け止めた上で、自分の想いを主張したものだと考えられる。以下に編集者と晴の会話を引用する。

編集者:
先生の作品は浅く感傷的すぎると批判されることがありますが、その一方で閉塞感の続くこの時代において、一部の若者から熱狂的に支持されています。時代に共感されることについて、ご自身はどうお考えですか?

晴:
・・・よくわからないです。僕は単純にいいものを作ろうと思って描いてるだけですから。・・・・・・ただ、ひとつ言えるのは、自分には決定的な何かが欠けていて、描けども描けども、・・・きっと満たされることはないんだろうなって思うんです。

そして、晴は編集者と別れ際に「・・・僕の漫画っておもしろいですか?」と質問を投げかける。その回答は得られないまま編集者は去っていってしまう。『ソラニン』の映画化決定や、『おやすみプンプン』のヒットで、多くの支持を受け人気漫画家となった浅野いにお。しかし、注目という強い光が当たるということは、その裏では強い影、つまりは批判がまとわりついてくることを意味している。そうして、たくさんの意見の渦中にいる浅野いにおは混乱に陥っている心境が描かれている。それでも、浅野いにおは自分の信じるいいものを描き続ける意志を貫いている。それは、あとがきからも読み取ることが出来る。

起承転結が曖昧でオチも決めゼリフも弱い、かといって目新しいアイディアもない、平均点以下の作品と言えるかもしれませんが、これが現時点で僕の実力を出し切った漫画だと思っています。

また、「作中、主人公の漫画家が色々とぼやいているせいか、雑誌に掲載された直後に複数の友人から『大丈夫だよ、面白いよ』と慰められたりしました」という、ぼやきにも自虐にも取れるようなエピソードも残されている。それほどまでに浅野いにおと晴は同化しており、友人ですらも晴のことを浅野いにおと重ねていたことが読み取れる。

ここまで『素晴らしい世界』『ひかりのまち』『世界の終わりと夜明け前』と作品に登場する3人の漫画家を分析してきた。描かれ方は『素晴らしい世界』では、年齢もビジュアルもかけ離れた設定であったし、『ひかりのまち』でも、ビジュアルは似せていなかった。置かれた状況も『世界の終わりと夜明け前』では大きく変わった。しかし、一貫しているのは、浅野いにお自身が置かれている状況を客観的に見つめ、その上で自分の力を出し切るしかないというスタンスではないだろうか。そうやって自分をさらけ出す浅野いにおに、明確に描き出された漫画家たちに、そして浅野いにおの作りだす作品に、私たち読者は共感するのである。それはつまり、物語世界の漫画家を媒介として浅野いにおという作者本人への感情移入を生み出し、ひいては作品全体への共感へと繋げていく仕組みが創られていることを示唆する。

脚注

※33 KDDI au: au design project > INFOBAR 2     http://www.au.kddi.com/au_design_project/seihin/infobar2/

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